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2026.10.28

【コラム:法と日常の交差点】医療人材の不足と手術用ロボ・診断支援型AI

【コラム:法と日常の交差点】医療人材の不足と手術用ロボ・診断支援型AI

いま、医療従事者は足りているか?

 法律が医業独占を認めたにもかかわらず、医師や病院が不足していたら、国民一般に満足な医療を提供できません。前々回のコラムで紹介した新聞記事にもあるように、専門分野によっては医師が足らず、無資格者(ニセ医者)が紛れ込むキッカケにもなっています。他方、介護の領域では、外国人材の活用が進みましたが、医療においても「国際化」は可能でしょうか。

 ★この統計は、厚生労働省の令和4年度版・厚生労働白書から抜粋したものです(8頁)。

 高度化する医療の現場では、各種の専門職と緊密に連携する必要があり、かなり難しいといえるでしょう。単に人手不足を補うのであれば、情報通信機器を用いたオンライン診療や、 AI を利用した医療サービスで対応可能な場合もあります。たとえば、病理専門医の不足が叫ばれる現在、実際に診察を担当する医師の負担軽減も兼ねて、診断支援用 AI の開発や普及が求められています。ここでも、医業の独占を定めた医師法17条の取り扱いが問題となります。

日本の医療従事者数と国際比較

 そもそも、わが国の医療の現状はどうなっているでしょうか? まず、人口1,000人当たり医師数は、2.67人とされます(2020年の統計による)。これは、上記の医師就業者数(337,625)と同年の総人口(12,615万人)をもとにしたデータです。厚生労働省の推計によれば、2030年前後には、人口1,000人当たり3人程度になります。しかし、OECDの平均は3.5人であり、日本はその水準に達していません。しかも、国際的にみて病院数や病床数が多い日本では、相対的に医師不足を感じやすいわけです。
 なお、日本医師会総合政策研究機構(前田由美子)「医療関連データの国際比較-OECD Health Statistics 2019-」日医総研リサーチエッセイNo.77(2019年9月17日)を参照しました。

診療科による医師の偏在

 また、診療科によっても医師数の偏りが生じています。近年では、麻酔科・精神科・放射線科などが大きく増加したのに対して、勤務条件が厳しい外科や産婦人科は、長年にわたって低い水準のままです。また、医師不足はもちろん、看護師の人材不足は深刻な状況にあり、各種の医療機関では、必要最低限の人数さえ確保するのが困難になっています。これについては、厚生労働省「医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会第4次中間取りまとめ」を参照しました。

 ★このグラフは、厚生労働省の令和4年度版・厚生労働白書から抜粋したものです(12頁)。なお、診療科の名称は、当初、医療法(昭和23年法律第205号)で規定されたものの、1992年以降は、医療法施行令(昭和23年政令第326号)により、38種類が認められています(ただし、麻酔科は別扱いとなります)。

日本の医療施設数とその推移

 さらに、医療施設をめぐる社会状況として、一定数以上の病床を備えた病院数が、長期的には減少傾向にある反面、一般診療所の数は、緩やかな増加傾向を示しています(e-Stat 政府統計の医療施設調査による。2026年4月30日現在)。

 ★このグラフは、厚生労働省の令和4年度版厚生労働白書から抜粋したものです(19頁)。

平成14年(2002年) → 令和6年(2024年)

病 院(入院病床20床以上)    9,187 → 8,060(減少)
一般診療所(総数)       94,819 → 105,207(増加)
一般診療所(入院病床20床未満)16,178 → 5,415(減少)
一般診療所(入院病床なし)   78,641 → 99,792(増加)

 その背景として、医療費の抑制要求や入院期間の短縮に加えて、在宅医療の促進に向けた政府の方針や、これを反映した医療機能の分化や関連施設の統廃合があります。また、病院経営上の理由による廃業も少なくありません。他方、診療所の増加は、在宅医療に重点をおく施設や、都市部における専門特化型のクリニックが増加したことに起因します。詳細については、e-Stat 政府統計の第25回医療経済実態調査(医療機関等調査)の医療施設統計を参照してください(2025年11月26日現在)。
 なお、医療機関の年度ごとの損益状況をみると、入院設備が充実した一般病院の場合、医療法人と国公立病院のいずれかを問わず、純損益差額は赤字になっています。これに対して、一般診療所は、少数の病床を備えた施設も含めて、全体として黒字になっています。ただし、その内訳をみると、当然のことながら、かなりの部分が外来診療に依存しています。

医療従事者が足りない!

 さて、必要最小限の医師や看護師を確保できない状態で、医師法17条の適用範囲を拡大すれば、かえって国民の生命や健康を危険にさらすという批判があります。もちろん、法適用に際しては、社会の実態も考慮しなければなりませんが、医療従事者が足りないからといって、無資格者の医療行為を放置するのは本末転倒でしょう。反対説の言い分は、過疎地の無医村であれば、正規の医師が来ないことを口実にして、ニセ医者に住民の生命や健康の維持を委ねる結果になってしまいます。
 そもそも、無資格者の医療行為を放置することで生じるリスクは、正規の医療を受ける機会を奪うという抽象的な危険であって、「ブラックジャック」のように、通常の医師を上回る能力をもつ無免許医であれば、患者に対する具体的な危険は生じないとはいえ、やはり無免許医業罪が成立するわけです。

 ★こちらの写真は、オーソドックスな人間による手術風景です。大阪大学に勤務していた当時、同大学医学部附属病院から提供して頂いたものです(拙著『最先端法領域の刑事規制』(2003年、立花書房)9頁参照)。

 ★こちらの写真は、すでに実用化された手術用ロボの「hinotori(火の鳥)」と「da Vinci(ダ・ヴィンチ)」です。この場合、コンソールに座った人間が、ロボットアームを操って難手術をおこなうため、遠隔操作になりますが、あくまで人間の医師が執刀しています。
 さて、手塚マンガの中では、未来の話として、各種の検査や診断はもちろん、手術や投薬までのすべてを、コンピュータで管理するという医療システムが登場しました(手塚治虫「U-18は知っていた」『BLACK JACK①』(1993年、秋田書店)197頁以下)。また、最近では、イーロンマスクが、AIの進化により人間の医師は不要になる、と予言していますが、果たしてそうなるでしょうか?

業務独占の「ゆらぎ」

 医師法17条の業務独占は、これまでも医学の進歩や社会の変化に伴い、幾度となく修正を迫られました。たとえば、チーム医療や地域医療が定着したことで、病院内では、看護師や保健師など、医師以外の医療専門職の重要性が増しています。それに伴い、各自の役割分担も異なってきました。また、医業と他の業種が交錯する領域も増えています。たとえば、ホスピスや介護施設に医療専門職が配置されたり、救急救命士の役割が拡大したり、美容産業や健康産業が参入するほか、AIによる医療支援サービスなども問題となっています。
 これまで厚生労働省は、「医行為」を「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」と定義して、こうした抽象的危険のある行為を規制してきました。しかし、他方では、同省の通知により「医行為」から除外する例が増えています。その中には、在宅医療も含めて、家族や介護者に頼らざるを得ない現状を反映したものが少なくありません。

★厚生労働省の通知で「医行為」から除外されたもの

①体温計による体温測定や自動血圧測定機による血圧測定、一定の条件下のパルスオキシメータの装着、軽微な切り傷等に対する簡便な手当に類似する場合など。 ← 平成17年7月26日医政発第0726005号・厚生労働省医政局長「医師法第17条、歯科医師法17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について」による。

②在宅介護における家族以外の介護者によるインスリン注射や経管栄養など。 ← 令和4年12月1日医政発1201第4号・厚生労働省医政局長「医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について(その2)」による。

③医療従事者以外の者による医薬品使用の介助や蓄尿パックの接続など。 ← 令和7年12月26日医政発1226第12号・厚生労働省医政局長「医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について(その3)」による。

行政庁の解釈で左右される法の適用?

 こうした現状については、監督官庁が判断基準を示したことを評価する向きもありますが、法律上の「医行為」概念を曖昧にしたまま、もっぱら行政解釈で法の適用範囲を左右することは、医師法17条の運用方法として望ましくないという指摘もあります。
 実際、法制度上は医師の業務独占であるにもかかわらず、一定の条件下では、放射線の照射(放射線技師法2条2項、24条)や、販売目的の調剤(薬剤師法19条)、診療の補助(保健師助産師看護師法5条、31条1項)など、医師以外の医療従事者でもおこないうるとしています。救急医療の現場では、同じく条件付きで、救急救命士に気管挿管が許されました(救急救命士法44条1項)。さらに、上記の「非医行為」の事例と同じく、厚生労働省の通知によって、医師以外の医療従事者が「医行為」をする場合が少なくありません。

★厚生労働省の通知で医師以外にも認められた「医行為」

①看護師等による静脈注射が「診療の補助」に取り込まれた。← 平成14年9月30日医政発第0930002号・厚生労働省医政局長「看護師等による静脈注射の実施について」による。

②家族以外の介護者によるたんの吸引が認められた。← 平成15年7月17日医政発0717001号・厚生労働省医政局長「ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者の在宅療養の支援について」による。

③一般人によるAEDの使用に加えて、医療従事者以外が一定の頻度で使用する場合も、条件付きで医師法17条違反にならないとされた。← 平成16年7月1日医政発第0701001号・厚生労働省医政局長「非医療従事者による自動対外式除細動器(AED)の使用について」による。

 これらの通知が多用される背景には、医療の多様化と担い手不足が進行する中、行政解釈により迅速に対応せざるを得ない事情があります。その際、行政機関の通知で適用除外を広げてゆく方法は、法律が禁止した無資格医業を行政処分で変更しており、およそ許されないのでしょうか。また、これらが医療関係者に向けられた行政庁の法解釈であって、一般国民や司法機関に対する法的拘束力がないことから、罪刑法定主義を持ち出して批判する法学者もいます。こうした見解の対立は、冒頭に挙げた遠隔医療やAIを利用した診療支援サービスに関する通知にも当てはまるでしょう。

〈参考文献〉

大谷實「医師法17条にいう『医業』の意義」福田雅章ほか『刑事法学の総合的検討(上)―福田平=大塚仁博士古稀祝賀』(1993年、有斐閣) 439頁以下、佐伯仁志「『医業』の意義」宇都木伸=町野朔=平林勝政=甲斐克則編・医事法判例百選〔初版、2006年〕4頁以下、辰井聡子「歯科医師による気管挿管研修」同前書6頁以下、髙山佳奈子「『医業』の意義」甲斐克則=手嶋豊・医事法判例百選〔第2版・2014年〕5頁、佐伯仁志「『医業』の意義」甲斐克則=手嶋豊・医事法判例百選〔第3版、2022年〕4頁以下など。

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