法と日常の交差点:宮崎駿『風の谷のナウシカ』を読む①―環境破壊とエコロジー
1 腐海の中で生きる人々
『風の谷のナウシカ』のアニメ版は、1984年に公開されました。この作品は、最終戦争で荒廃した世界と「瘴気」が充満する「腐海」に生きる人々を描くことで、環境破壊をテーマにしています。一般人向けの『シネマで法学』では、「人は自然と共存できるか」というタイトルで紹介されています。コロナ禍の時代には、瘴気を防ぐマスクなしには生きられない環境を論じた記事が多くみられました。たとえば、読売新聞2020年7月19日付け朝刊に掲載された、細谷雄一「コロナの出現(地球を読む)」があります。
他方、マンガ版の『風の谷のナウシカ』は、1982年から1994年まで足かけ13年にわたり、月刊誌「アニメージュ」に連載された後、全7巻の単行本として公刊されました。発行部数は1700万部を超えています。マンガ版では、トルメキアの皇女であるクシャナ、ペジテのアスベル以外にも、土鬼(ドルク)諸侯国連合、サパタ土侯国、マニ族、シュワの墓所、神聖皇帝(皇弟)ミラルパ、神聖皇帝(皇兄)ナムリス、土王(ドルクの古い王)の末裔であるチクク、蟲(むし)使いたち、森の人セルム、不死の人工生命体ヒドラなど、アニメ版では登場しないキャラクターが、物語全体の中で重要な地位を占めています。
一般には、アニメ版の「原作」とされるマンガ版ですが、腐海に生きる人間と復活した巨神兵という設定は共通するものの、マンガ版2巻の途中からは(同書80頁以降)、まったく別のストーリーになっています。以下では、順次、アニメ版とマンガ版の違いに触れながら、刑法学者(SFファン)からみた『風の谷のナウシカ』の魅力を伝えたいと思います。

★宮崎駿『風の谷のナウシカ』全7巻(アニメージュ・コミックス、1983年~1995年、徳間書店)のカバーです。
2 アニメ映画の金字塔
アニメ版の『風の谷のナウシカ』は、アニメーション映画の金字塔とされます。大まかなストーリーは、トルメキア王国のクシャナの軍隊が、ペジテ市から奪った古代兵器の「巨神兵」を回収するべく、ナウシカが暮らす「風の谷」に侵攻するところから始まります。その背景として、「火の7日間戦争」で荒廃した世界が広がる一方、腐海のほとりで細々と生きる人々の生活が描かれています。
物語の中盤では、ペジテのアスベルが妹の仇であるクシャナを追うストーリーと、復活させた巨神兵を使って腐海を焼き払おうとするクシャナの動きが絡み合います。そして終盤では、ペジテ市の生き残りが「王蟲(オーム)」の大群にトルメキア軍を襲わせようとした際、ナウシカが身を挺して避難民を救うのですが、その後、オームの力により「青き衣の人」として復活するという、観客にとって希望のある未来につなげていました。
3 「腐海」という状況設定
さて、アニメ版とマンガ版の両方に登場する「腐海」は、有毒な瘴気に覆われた巨大な森林です。「火の7日間戦争」で荒廃した大地は、突如出現した腐海によって浸食されつつあり、人々は瘴気を防ぐマスクなしでは生きられません。そこに生息する多種多様な蟲(むし)たちも、生き残った人々には脅威として描かれます。それにもかかわらず、生息可能な土地や資源をめぐって、大国間で戦争が始まり、「風の谷」を含む周辺の小国は、それに翻弄されるという設定になっています。こうした状況は、現代の社会でも、地球温暖化や環境汚染が進む一方で、自国の権益確保に奔走する超大国を連想させるところです。

★写真左は、①『シネマで法学』、写真右は、②『SFマンガで倫理学』のカバーです。
①野田進=松井茂記編『シネマで法学』(2000年、有斐閣)の第21話は、アニメ版『風の谷のナウシカ』を取り挙げており、巨神兵により王蟲の群れを一掃しようとするクシャナと、これを阻止しようとするナウシカを対比させながら、腐海の浸食に苦しむ人類を自然保護の観点から捉えています(同書306頁以下)。環境汚染とその元凶の人間というシンプルな図式による解説です。
②萬屋博喜『SFマンガで倫理学――何が善くて何が悪いのか』(2024年、さくら舎)では、下記の『寄生獣』が紹介されています。本作品の根底には、身勝手な人間の利益を犠牲にしても、自然そのものを守ろうとする「人間非中心主義」があります(同書78頁以下)。
4 環境保護からみた『寄生獣』
アニメ版の前提になった人類の環境破壊というテーマは、同じくマンガからアニメ映画になった『寄生獣』と共通する点があります。この作品では、人間の頭部を乗っ取って他の人間を捕食する「パラサイト」と、たまたま右腕に寄生した「ミギー」、その宿主の泉新一が絡み合う形でストーリーが展開されます。物語の前半では、人間に寄生したパラサイトが「寄生獣」であると考えがちですが、後半では、人間こそ自然環境を破壊して他の生物を絶滅に追いやる、地球にとっては「寄生獣」であることが明らかになります。
パラサイトの側に立つ登場人物(広川剛志)の言葉を借りるならば、「環境保護も動物愛護もすべては人間を目安とした歪(いびつ)なものばかりだ。なぜそれを認めようとはせん! 人間1種の繁栄よりも生物全体を考える!! そうしてこそ万物の霊長だ!! 正義のためとほざく人間!! これ以上の正義がどこにあるか!! 人間に寄生し生物全体のバランスを保つ役割を担う我々から比べれば、人間どもこそ地球を蝕(むしば)む寄生虫!! いや… 寄生獣か!」と叫ぶところです(第9巻118~119頁)。

★岩明均『寄生獣』全10巻(アフタヌーンKC、1990年~1995年、講談社)のカバーです。累計2400万部も読まれた名作です。
5 パラサイトの役割と人間非中心主義
『寄生獣』の中では、人間の捕食者であるパラサイトこそ、自然の摂理が生み出したバランサーであって、そのことは、物語の冒頭でも示されていました。「地球上の誰かがふと思った、人類の数が半分になったら、いくつの森が焼かれずにすむだろうか、…(略)… 人間の数が100分の1になったら、たれ流される毒も100分の1になるだろうか、…(略)… 生物(みんな)の未来を守らねば…」という記述です(第1巻4~5頁)。
身勝手な人類の暴走を阻止するのが、地球の意思であったことを物語っています。主人公の新一は、脳の乗っ取りに失敗したミギーと一緒にパラサイトと戦い続ける中で、「寄生生物はだいたい何のために生まれてきたんだ。増えすぎた人間を殺すため? 地球を汚した人間を減らすためか? 生き物全体から見たら人間が毒で…… 寄生生物は薬ってわけかよ。誰が決める? 人間と……それ以外の生命の目方(めかた)を誰が決めてくれるんだ?」とつぶやきます(第10巻141~143頁)。
6 人間中心主義とディープエコロジー
およそ「人間は環境を破壊する存在であるが故に、過去及び将来の人類や自然に対する責任を負う」という意見があります。また、生活環境を破壊することで、人間の生存が脅かされることも少なくありません。そもそも、現時点の人類さえ満足すればよいという考え方は、将来の世代に対する責任を放棄したエゴイズムともいえます。他方で、生産(自然破壊)活動を通じて、より良い生活を求める人間の行動を、全否定することもできません。
問題の核心は、「自然環境の保全と人間の私的利益のいずれか」という単純な選択ではありません。自然環境それ自体や動植物を保護する立場は、「生態系中心主義」と呼ばれますが、その中には、人間も含まれるからです。また、「将来の世代の利益」に配慮するとしても、結局は、人間の利益を前提にした人間中心主義です。その意味では、「ディープエコロジー」や「環境ファシズム」の立場から、人間を捨象した自然それ自体の保護を唱える見解とは異なります。むしろ、ディープエコロジーでは、すべての生命が人間と同等の価値を有しており、かりに人間の利益が守られるとしても、その結果にすぎないと考えます。
7 アニメ版からマンガ版へ「広がった世界」
アニメ版の『風の谷のナウシカ』では、主人公の少女がエコロジーの使徒となり、自らを犠牲にして世界を救済するというストーリーになっていました。これに対して、マンガ版では、「トルメキア王国」が「ドルク諸侯国」と国家間戦争を繰り広げる中で、トルメキアと同盟関係にあった「風の谷」からも、ナウシカたちが戦闘に参加する流れになっています。
風の谷の族長の娘であるナウシカは、腐海の深部に秘められた真の姿に気づきつつも、望まぬ戦いに巻き込まれてゆきます。そして、両国の戦争が熾烈さを増す中で、腐海の主であるオームを使ってトルメキア軍を攻撃させたり、人工培養の粘菌を開発して戦闘に投入したりするのは、いずれもドルク諸侯国の科学者であり、これを命じた「神聖皇弟」のミラルパでした。
その背景には、千年前に失われたはずの旧文明の技術が生き延びており、ドルクの聖都シュワにあるピラミッドのような巨大建造物から流れ出した技が、結果的に粘菌やヒドラなどの生物兵器をもたらし、それらが世界を破滅の淵へと追い込んでいく構図があります。たそがれの時代を生きる人類を描いた物語は、「巨神兵」や「蟲使いたち」を従えたナウシカが、聖都シュワの墓所にたどり着くことで、クライマックスを迎えることになります。
★次回は、マンガ版の『風の谷のナウシカ』が描く世界を読み解いてみましょう。
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