法と日常の交差点:ホンモノの「検察側の証人」はどれか?
弊社の顧問、佐久間修氏による「法と日常の交差点」は、法律の話をきっかけに、日々の出来事や物語のワンシーンを少し違った角度から見つめてみるコラムです。
厳密な解説だけではなく、エッセイのように気軽に読んでいただける内容もございますので、お楽しみいただければ幸いです。
ホンモノの「検察側の証人」はどれか?

★【写真・上】①クリスティ短編全集1(1974年30版・東京創元社)。この本では、事務弁護士(ソリシター)であるメイハーン氏が主役になっています。【写真・下左】②同じタイトルの戯曲(2021年7刷、早川書房)では、法廷弁護士(バリスタ―)であるウィルフリッド卿と被告人の妻・ローマインが主人公です。【写真・下右】③DVD「情婦(原題は「検察側の証人」)」のジャケット(アメリカ映画、1958年日本公開、ビリー・ワイルダー監督)です。
ミステリーの女王であるアガサ・クリスティは、「そして誰もいなくなった」、「オリエント急行殺人事件」などで有名ですが、短編作品として「検察側の証人」があります。日本でも、そのタイトルをもじって、「検察側の罪人」という映画が製作されたくらいです(木村拓哉・主演、2018年・東宝)。
さて、映画の「検察側の証人(邦題は「情婦」)」では、老婦人を殺害したとされるレナード(タイロン・パワー)が、刑事裁判での弁護を依頼するため、著名な弁護士ウィルフリッド卿(チャールズ・ロートン)の事務所にやってきます。目撃者はいないものの、遺産目当ての犯行と疑われること、アリバイ(不在証明)が不明であることに加えて、被告人の内縁の妻ローマイン(マレーネ・ディートリッヒ)が出廷して、夫に不利な証言をしたため、絶望的な状況に追い込まれます。しかし、裁判の終了間際になって「とんでもない事実」が判明した結果、陪審員は「逆転無罪」の評決を下します。しかし、これにはカラクリがありました。その真相や謎解き(ネタバレ)はともかく、どんでん返しを仕組んだ犯人の狙いが何であったかです。
この作品のテーマになったのは、「二重の危険」とか「一事不再理」のルールです。簡単に言えば、一度でも刑事裁判で無罪とされた事件は、二度と訴追(処罰)できないというものです。「二重処罰の禁止」と呼ばれることもあります。小説や映画の舞台になったイギリスはもちろん、アメリカ合衆国でも、同じルールがあり、第二次大戦後には日本国憲法にも盛り込まれました(憲法39条)。ただし、日本では、第1審で無罪になっても、検察官の上訴が許されるため、もし小説や映画のような事実が判明したら、控訴審でひっくり返ることになります。こうした違いは、形式的な手続を重視するか、真実の発見を重視するかというスタンスの違いによります。皆さんは、どちらの刑事司法システムが望ましいと思われますか。
なお、クリスティの「検察側の証人」は、まず、①の短編小説が発表された後(写真は、私が学生時代に読んだ本です)、②彼女自身が新たに戯曲形式のものを執筆しており、③その映画が日本で公開される際に「情婦」というタイトルになりました。もちろん、英語のタイトルは、The Witness for the Prosecutionです。①から③では、主人公や結末が微妙に異なっていますが、どれも「ホンモノ」のクリスティの作品です。
また、小説・戯曲・映画に共通する「検察側の証人」というタイトルですが、作者であるクリスティの皮肉が効いています。夫・レナードに不利な証言をした妻・ローマインは、果たして「(ホンモノの)検察側」の証人なのでしょうか。むしろ、逆説的な意味で、「検察」側の証人となっており、本当は「弁護側」の証人というべきかもしれません。
〈参考文献〉
中野目善則・二重危険の法理(中央大学出版部、2015年)2頁以下、佐久間修「二重の危険と二重処罰の禁止―独占禁止法の課徴金制度を素材として―」井田良ほか編・新時代の刑事法学(上巻、信山社、2016年)556頁以下、堤和通編著・米国刑事判例の動向Ⅸ―合衆国最高裁判所判決「第5修正関係」二重危険禁止条項(中央大学出版部、2025年)3頁以下など。
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